中山道 中津川宿

双頭一身道祖神
 双頭一身道祖神 美濃路には道祖神は数少ない。しかも双頭一身の像形はこの付近でも類を見ない。道祖神は道路の悪霊を防いで行人を守護する神で、この像は中山道から苗木道(飛騨道)への分岐点に建てられている。この碑は文化13年(1816)3月、藤四郎ほかによる建立である。道祖神は男女相愛の柔和な表情や抱擁などの像形から、現在は愛の神としての信仰が深い。


うだつ
 うだつ中津川市内本町・横町・下町には、卯建のあがった民家が残っている。卯建は火事での類焼を防ぐため、隣家との境に高い壁を設け、その上端に小屋根を置いた。
   「うだつが上がらぬ」とは富裕の家でなければ、卯建をあげられなかった事から転じたといわれる。賑やかだった中津川宿には、数多く残っていた卯建も、年々少なくなって現在では数軒になってしまった。


高札場・常夜灯
高札場・常夜灯 その時々の法度、掟書などを書いた板札を、人通りの多い辻などに高く掲げてあった場所が高札場である。中津川宿の高札場は、宿東入口飛騨街道との出合いの茶屋坂に設けられていた。ここにある高札場は、昭和63年に元の位置より10mほど東に、街道文化の広場として復元整備されたものである。近くに常夜燈ほか石造物がある。


落合宿本陣
落合宿本陣  本陣井口家は、中山道でも現存する数少ない本陣建築である。大火後に建てられた本陣は「土蔵造り」で、壁は厚さ22cmの塗込式で、しかも松の皮を細かくしたものを壁土に混ぜて塗ったという。明治14年大修理が行われたが部屋は全く変わっていない。上段の間・小姓部屋などには大名の宿泊所にふさわしい細かい気配りがされている。なお表門は加賀前田侯から贈られた格式高い門である。


山中薬師
山中薬師 瑠璃山医王寺は一名山中薬師ともいい、日本三薬師の一つで、虫封じの薬師でも知られ各地からの参詣も多い。本尊の薬師如来は行基の作とも伝えられている。ここでは切傷によく効く「狐膏薬」が有名で、膏薬は寺の住職が夢の中で、トゲの刺さった狐を助けたお礼に製法を授かったという。また本陣井口家に泊まった旅人が、秋葉大明神の夢枕で教えられた妙薬とも伝えられている。


落合の石畳
落合の石畳 中山道の通行華やかな頃は、落合十曲峠付近から馬籠宿にかけての山道は、一帯に石畳が敷きつめられていた。明治以降荷車などが交通手段として利用されるようになると、石畳は不都合のため一部取り払われた。旧状を留めていた箇所は三か所であった。昭和63年(1988)から「歴史の道」修復工事が進められ、旧状を含む約800m余にわたって江戸・昭和・平成の石畳が復元された。

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